本来の意味でのチャネリング

雨が上がり、束の間の朝陽を浴びながら今朝も歩いてきました。

ここのところ春からウオークマンを聴きながら・・というのをパッタリ止めている理由は、

鳥のさえずりや、木々の音や、風の匂い・・自然と一体になる時間が何よりも癒しの朝になっているから。

いつも歩くこの公園内には、たくさんの精霊がいることを感じます。


よく皆さんに聞かれるのですが、「みちさん、何か観えるんですか??」とか「オーラ観えるんですか?」とかの質問。

あのですね、観えません(笑) 感じるだけですから(笑)


観よう、と、前頭葉や松果体を意識して試みると、色やぼや~っとした何者かが入ってくることはありますが。

例えば、霊界からの方々との交信の際は、意識してそのスイッチを入れることから始めます。。

で、入ってくる情報は、五感のうちの、恐らく聴覚と体感覚が強いほうだとは思いますが、

視覚に関しては、映像がヒュンヒュン!とスクリーンに映る映像のように飛び込んでくる。。という感じです。


でも、「観えるんですか?」という問いかけに対しては、「いやいや、観えません(笑)」とお応えします。


そんな五感を使っての、チャネリング、という言葉がありますが、

どんな生きとし生けるものでも、実は常に使っている能力です。


気が付かないだけで、一瞬の間に絶対に使っています。


むしろ、使わないで生きているモノはないはずです。


私たち人間は常に振動している波動体であり、振動数・周波数がそれぞれ固有にあるというだけです。

自分の波動とチューニングできるモノコトヒトに対し、無意識に合わせて、様々な行為を選択しているのが日常です。


ただ、意識的に合わせようとする訓練をすることで、

それまで気づかなかった以外の何かと波動が合い、新しい体験をする、ということが多々あります。


私にとって、朝のウォーキングの間は、その訓練をしているのと同じなのだと思います。


例えば、いわゆる妖精や精霊と呼ばれるものたちは、どんな自然界のものにもいると言われます。

歩きながら、

「精霊たちがいるんだな。。」とまず認識する。

「周波数を合わせて感じてみよう。」と意識する。

「なんだか解らないけど、清々しい、気持ちいい、温かい。。」


そう、これが本来のチャネリングです。


歩きながら、感謝したい気持ちで心が穏やかになる・・

そうなれたなら、立派にチャネリングしている、ということだと思います。


何故なら、観えないものたちの究極のメッセージは、

「生きていることへの感謝の想いに気づいて・・」ということだからだと、私は思います。


他に何か特別なメッセージが必要でしょうか?

生きるとは、その究極のメッセージを最も基本として成り立つものだからです。


朝は特にそのメッセージと周波数を合わせる時間として相応しいのではないかなぁ?・・って。


地に足を付けて生きる・・どんなに特別な癒しのテクニックやサイキックな能力を持っていても、

私たちは肉体を持ち合わせながら、自然界にただ在るものとして、全て平等であり、ある意味特別でもないのだと思うのです。


だからこそ、幸せである、ということは、


特別なことではなく、感謝して生きるということで、そのもの幸せなんだろうな・・と。


本当に意味あるチャネリングとは、そのメッセージと周波数を合わせることなんじゃないか?


と思って歩いた今朝の私でした。。


イギリス出発まで、あと1週間となりました。

カレッジやアイルランドにもいる、たくさんの精霊たちとまた戯れることが出来るなら幸せです。

そんな朝になるように、やっぱりウォーキングシューズ持参となるのでありました(笑)