あきらめることは、「ものごとを明らかに見ること」

今日はカウンセリングのお客様でした。


お子さんが決断した人生の大きな岐路にあたり、お子さんの将来をネガティヴに思いがちな自分とどう向き合えばいいのか?

お子さんと一緒にサロンに来られました。


もう一緒に来られた時点で、素晴らしいなぁと思いました。

素直に、自分にはわけもわからない場所に行こうと言われ、それでも、ちゃんと連れ立って動くことが出来るんですから。

内心渋々だったかもしれませんが。


自分の今を、お母さんと面と向かって話す気持ちにならなかった息子さん・・

どう考えているのか?どうしてそのような決断をしたのか?よくわからないままイライラ感を募らせてきたお母さん・・


けれど、話を聞いた途端、

「すでにもう決断し、動いてしまった息子さん。

でも、息子さんは次の自分の未来を考えなきゃと思っていること。」


それが、息子さんが今、突き当たっている、今:現在だということです。


母親としては、息子さんの将来にどうしても目線がいってしまう。それも重々理解できます。

でも、視えない将来、であるということは、お母さんは今:現在の目線ではないということになります。


親の期待する将来への目線と、今を考える息子さんの目線には大きな差が生じています。

その差が大きいだけ、実はお子さんは親の期待に応えられなかった自分を責めます。

「今の自分を否定されているんだ」「今の自分ではいけないんだ」

一旦固くなった思考や感情は、親の期待に応えられる自分になるまでは本当の気持ちを伝えたくない・・

となりがちです。


なぜなら、実は応えてあげれるような生き方を本当はしたいと思う気持ちが根底にあるからです。

ここで、

「親の期待に沿うような人生を選択するということは、本当にやりたいこととは必ずしも繋がらないのでは?」

「そんなのは本人の人生を生きていることにならないんじゃないか?」

と懸念する声も普通に出てきますが、


この息子さんにとって、出来るなら応えてあげられる生き方をしてあげたい・・という感情はちゃんとあるんですね。


でも、今のままでは、応えてあげられる生き方にはなりそうにない・・と

だってやりたくないことをやっている自分がとても歯がゆい。

やりたくないことを無理やり続けて思惑通りの人生=親の期待に応える人生


それが、今は、どうしても繋がらないのです。


なぜなら、この息子さんは、「本当にやりたいこと、自分の人生に責任持てる学び」ではない・・

と気がついたからです。それは、今、どう考えても、違う毎日だ。。

自分の魂の声が聞こえてしまった・・という、今:現在である、ということなだけです。


この先、息子さんの、この今の決断によって起こる出来事、人生の出会いなどが、どう変化していくのかは全く判りません。

しかし、彼は幸いなことに、自分の魂の声と向き合う経験を積んだのです。

その声に従っていった結果が良い悪い、ということでもありません。


大切なことは、真剣にその声と向き合い、自分で決めた行動に責任を持つ歩みとなっていけるかどうか?です。

どんな決断をして、どんな行動をして、どんな体験を積むのが自分の人生なのか?

そのことに気がついていくという成長過程=魂の成長過程なんですよね。


ここで、息子さんは一人の人格を持っている存在、一つの魂の存在、であること


そのことを「あきらめる」「受け入れる」ことが必要となってきます。


親も、親という立場にあるが、「基本一つの魂で存在している」、という事実に気が付くということでもあります。


あきらめる、・・とは、「ものごとを明らかに見る」 今の現実を受容し手放す;解放する


ネガティブに投げ出すこととは違い、

受け入れて認知することで新たなシンクロを受け入れる準備段階でもあるのだと思います。


私も3人の子供を持つ親です。


何度も何度もこの「あきらめる」境地に、優しい気持ちで、自分を持っていくことを試みながら、今だにまだまだ途中です。


でも、愛する子供たちの魂が、それぞれその使命に沿った生き方をまっとうしてくれればそれでいいのだ・・と思えるようになってきました。

今日の息子さん、そしてお母さん、そして、その息子さんの決断に対し、「次のことを決めなきゃな・・」と伝えただけのお父さん

ご家族の一人一人の魂の歩みが一層輝きますように・・


そして、私自身も、どんな人生を我が子が選択しても、その魂の存在にイエス!といってあげたいものです。。


今日はこのような長文でしたが、最後まで読んでいただき感謝です。

有難うございます。