3.11から思い起こすこと

数日前から震災の映像が流れている中、

ニュースも新聞記事もFBでの様々なアップもコメントの多くも

ただ立ち止まっているような感覚に陥るものが多い。

祈りも、前向きな言葉や発言でさえも、

全てがドーーンと重く響くような感覚でハートに落ちていく。

 

阪神淡路の震災も、日航機墜落の時のことも

ニューヨークのテロも

 

そして、毎日日々の最悪な死に関するニュースも

ウクライナも。。

 

私は死にゆく魂たちが通る、亡くなる直前までの苦しみやバルドの道程をひたすら感じるようになった。

 

肉体を持っている間は身体の感覚と共にあるのだから

もちろん想像に絶するその感覚を覚えて離れていくのだろうけど

 

どんな理由で一旦魂だけの存在になったのかはそれぞれある中で

そうやって肉体から解放された瞬間とそのあとのしばらくの間に導かれる道程が安らかであるように。。と願うのみです。

 

どこへどう祈りをフォーカスしていればよいのか?

 

繰り返される、まだまだ終わりのないこの地球での困難に

それが、対人間によっての死の動機であっても、自然と真っ向から向き合って崩れ落ちたという動機であっても

 

全ての魂が

 

その瞬間から、多分、私が学んだり傾聴したりしてきた光の道程が待っていると断固として信じているので、

 

その瞬間からの安らぎ、静寂、解放に光が神々しく注がれていることを

 

今日も、今この時も

 

祈ります。

 

そして、今という時に、私は私の大切な誰かを想うというその行為をまた真摯にハートに落とすのです。

 

「時には集中すること。人のために祈ること。

世界中を癒そうとするよりは、ひとりの人を癒してあげるほうがずっと大切である。

できる範囲で暗闇を精一杯てらしてあげれば、あなたの役割は小さく見えるかもしれないが、それがひいては世界のヒーリングに繋がっていくのである。」

 

                        ゴードン・スミス